完璧な父親じゃなくても、子供たちに残せるものがあった
完璧な父親になりたいと思ったことは、正直ありません。
でも、「これでいいのかな」と思ったことは、何度もあります。
仕事で疲れて帰る日もあるし、
子供の話をゆっくり聞けない夜もあります。
理想通りに関われていないと感じることも、少なくありません。
それでも、ある日ふと気づきました。
父親として、子供たちに残せているものは、
思っていたよりずっと身近なところにあったのかもしれない、と。
完璧な父親になれないと思った瞬間
子育てをしていると、
「もっとできたはず」「ちゃんと向き合えているのかな」
そんな気持ちになる瞬間があります。
仕事が忙しい時期には、
夜遅くまで働いたり、休日に仕事をしたりすることもあります。
子供との時間が十分に取れていないと感じることもありました。
完璧な父親像と比べてしまって、
自分は足りていないんじゃないか、と考えてしまうこともあります。
それでも、日々の中で子供たちと過ごす時間は、
少しずつ積み重なっていました。
それでも、子供たちはちゃんと見ていた
うまくいかなくても続ける姿勢(バスケ)
自分自身、バスケットボールをしていても、
思うようにいかない日があります。
体が重く感じたり、感覚が合わなかったりして、
「今日は全然ダメだな」と思うこともあります。
子供たちと一緒にバスケをしているときも同じです。
簡単なシュートを外してしまうこともありますし、
むしろ父親の自分のほうがミスをしている場面もあります。
そんなとき、格好をつけることはやめました。
「くやしかったな」「うまくなりたいな」と、
思ったことをそのまま口にして、
一人で少し自主練をすることもあります。
教えるためでも、見せつけるためでもありません。
ただ、自分がそうしたかっただけです。
それでも、子供たちはその姿を見ています。
うまくいかなかったあとに、どう向き合っているのか。
どう気持ちを切り替えているのか。
息子も自然と練習や試合でうまくいかなかったとき、自主練をすることが増えました。
結果よりも、うまくいかない時間との付き合い方を、一緒に共有していたのかもしれません。
できないから、一緒に続ける(英語)
英語についても同じです。
自分は英語が得意なわけではありません。
むしろ、「まだできない」と感じることの方が多いです。
だからこそ、
「今はできないから、一緒に勉強している」
そう伝えています。
教える立場ではなく、同じ学ぶ側として。
毎日完璧にやるわけではありませんが、細くても、途切れないように続けています。
英語を通して伝えたかったのは、勉強の方法や成果ではありません。
できない状態から始めてもいいこと。
続けていれば、少しずつ前に進めること。
その姿勢そのものが、いつか子供たちの中に残ってくれたらいいなと思っています。
仕事と休むこと、どちらも大切にする
仕事が忙しくて、夜遅くや休日に働くこともあります。
でも同時に、意識的に休むことや、
家族とゆっくり過ごす時間も大切にしています。
どちらか一方が正解だとは思っていません。
頑張る時期もあれば、立ち止まる時間も必要だと感じています。
「無理をし続けること」だけが、
大人の姿ではない。
そんな選び方もあることを、
日常の中で自然に伝えていけたらと思っています。
父親として、子供たちに残せていたもの
振り返ってみると、
子供たちに残せていたものは、
特別な言葉や教訓ではありませんでした。
- うまくいかなくても続けていい、という感覚
- できない状態から始めていい、という安心
- 大切なものを選び直していい、という余白
どれも、意識して教えたものではありません。
ただ、一緒に過ごす中で、
自然と伝わっていったものだと思います。
完璧じゃない父親でよかったと思えた理由
子供たちは、
完璧な答えを持った父親を求めていたわけではありませんでした。
一緒に悩んで、
一緒に失敗して、
それでも前を向く姿を見ていただけなのだと思います。
父親も、成長途中でいい。
迷いながらでいい。
そう思えたことで、
自分自身も少し楽になりました。
まとめ
今日、何かができなかったとしても、
それで父親として失格になるわけではありません。
すでに、
子供たちに残せているものは、きっとあります。
完璧じゃなくても大丈夫。
そのままの姿で、
一緒に時間を重ねていけばいい。
そう信じて、
これからも父親として歩いていこうと思います。




